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シャンパーニュで、教わる側になる

久慈浩介

シャンパーニュで、教わる側になる

正直に言うと、この旅の私は教わる側だった。ふだんはスーツケースひとつで世界を回り、日本酒の話をしにいく側だ。でもフランス、シャンパーニュに来た私は、ノートを開いて、メモを取っていた。

例年よりずっと早く収穫がはじまっていたシャンパーニュのブドウ畑

 南部美人が手がけている発泡清酒「awa酒」の作り手の代表団として、シャンパーニュを訪ねる。一般社団法人awa酒協会のメンバーとしての出張だった。世界の発泡酒の頂点に行って、その規範と現場を見てくる。それが今回のテーマだ。

 最初に向かったのは、シャンパーニュ委員会だった。シャンパンというブランドを守るための組織で、栽培から製法まで膨大なルールを管理している。そう聞くと窮屈に響くかもしれないが、現場で話を聞くと別の絵が見えてくる。ルールはシャンパンの価値を上げるためにあって、ブランドを守ることは作り手全員を守ることでもある。組織はこれから製法研究のための施設を新しい場所に移すという。「規範を守る」という仕事も、進化していくのだ。awa酒協会という、まだ若い組織を運営しているこちらにとって、これがまず一発目の収穫だった。

 私は、メモを取り続けた。

 次に訪ねたのは、ド・スーザという伝統的なメゾンだ。3人きょうだいで運営している。オーナー自らが、一次発酵の施設、二次発酵のカーヴ、ルミアージュ、デゴルジュマンの工程を、ぜんぶ目の前でやって見せてくれた。本で読んでわかったつもりになっていた工程が、人の手の動きを通すと、まったく違って見える。瓶の向きを少しずつ変えていく仕草、澱を一気に抜くときの重みの感じ方。この手仕事は、そのまま自分の蔵に持って帰れる。

ド・スーザのカーヴ。ルミアージュを目の前で見せてもらった

 いちばん衝撃を受けたのは、シャンパーニュ・マルゲだった。ナチュールシャンパンの先進者、と紹介された。ドサージュもしない。SO2も極力使わない。ブドウ畑を、馬で耕している。鶏も飼っている。シャンパン以外の農産物もある。

シャンパーニュ・マルゲの畑では、馬がブドウ畑を耕す

 オーナーがゆっくり話してくれた言葉が、ずっと頭に残っている。シャンパン製造の精神性、大地と空とシャンパンの関係。試飲をして、はじめてわかった。これは技法の話ではなく、この土地でシャンパンを造り続けるための哲学だ。今まで見てきたシャンパンとは、違う種類の発泡酒が、ここにあった。

マルゲで試飲。「精神性」が技術より先に届いた一杯

 もうひとつ、現場で気づいたことがある。シャンパーニュ地方では、例年よりずっと早くブドウの収穫がはじまっていた。地球温暖化の影響だ、と作り手たちが口を揃えて言う。世界一の発泡酒を造ってきた土地が、いままさに気候に追い込まれている。それでも、規範を進化させ、伝統を手で見せ、ナチュールに手を伸ばし続けている。

 awa酒の作り手として、何を持って帰るか。「シャンパーニュと同じことを日本でやろう」ではない、と思った。シャンパーニュにはシャンパーニュの精神があり、awa酒にはまだ言語化されていない、これから紡いでいく精神がある。規範をどう作るか、伝統をどう手で見せるか、自分たちの大地と空をどう酒のなかに映すか。問いだけを大量に持ち帰ることになった。

 次はまた別のどこかだ。ただし今回学んだ姿勢は、しばらく持ち続けたい。教えに出るより前に、教わりにいく。そういう旅も、これからは増やしていきたい。