ロサンゼルスで、ウォーリーになった夜
久慈浩介
正直に言うと、『ウォーリーを探せ』のウォーリー役を自分がやる日が来るとは思わなかった。ロサンゼルスの酒フェス、屋外の芝生の会場。縞模様のシャツこそ着ていないが、広い敷地をうろうろしていると、見つけた人に秘密の一杯を振る舞う、という遊びだ。蔵元が何人かウォーリー側にまわって、お客さんが探しにくる。思っていたよりあっさり見つかって、ノンジャパニーズのお客さんに次々と南部美人を注ぐことになった。

日本の日本酒イベントでは、まず起きない光景だと思う。
この酒フェスを開いているのは、Tippsy(ティプシー)というカリフォルニアの会社だ。カリフォルニアから全米に向けて日本酒のネット通販を手がけている。主催もTippsy、会場もジャパンタウン近くのLA Plaza。南部美人、天狗舞、天吹、八海山、菊水。名の通った蔵元がずらりと並び、金曜の夕焼けから始まって、土曜は昼夜2部制。屋外で飲む日本酒というのが、そもそも日本にはあまりない形だ。

Tippsyの伊藤元気社長に初めて会ったのは、コロナが来る前のロサンゼルスだった。「アメリカで日本酒のネット通販をやりたい」と彼は言った。日本なら普通の話だが、アメリカの酒類通販は州ごとの規制が厳しくて、一筋縄ではいかない。それでも話には芯があった。応援すると約束した。
あれから何年か経って、こうして彼の主催する酒フェスの乾杯挨拶をしている。マイクを握って、お客さんを前に名前を呼ばれる側にまわっている。コロナを越えて、Tippsyはアメリカの日本酒通販で大きく伸びた。
この酒フェスの肝は、「気に入ったらその場でネットで買える」ことだ。海外の日本酒イベントで長年ネックだったのが、「美味しかった、でも明日からどこで買えばいいかわからない」だった。私も随分その壁に悩まされてきた。試飲と買い場が地続きになっている。これはネット通販の会社にしかできない座組だ。
会場を歩くと、顔ぶれが日本の酒イベントとぜんぜん違う。太鼓のショーを練習して披露していたのは、現地ロスの人たちだ。日本人ではない。屋台はロスを代表する居酒屋グループ・本多屋さんのおでん、WABI-SABIの寿司、ドジャースタジアムに出店してアメリカでたこ焼きをメジャーにした銀だこさん。夜のロスは意外と冷え込んで、本多屋さんのおでんに救われた。大型ビジョンでは野球の中継が流れ、歓声が上がる。日本酒のイベントというより、日本文化がロスの遊び場に溶け込んだ夜だった。

ウォーリーの話に戻ると、自分が探される側にまわったことには、それなりに意味があると思う。昔の私は飛び込み営業でレストランを回り、「この酒、置いてもらえませんか」と頭を下げる側だった。探しているのはいつもこっちだった。いま、屋外の芝生で秘密の一杯を求めて、知らない人が私を探してくる。立場はいつのまにか逆転している。
酒フェスとは別の日に、同じロスで日系の大手酒類卸MUTUAL TRADINGの全体会議にも呼ばれた。リアルとオンラインで100名を超える社員の皆さんに南部美人の話をして、その後はロス営業の50名近くとawa酒と特別純米酒をじっくり試飲した。この1年で新しい営業が10名ほど入ったそうだ。売り手も飲み手も、ロス市場は確実に厚くなっている。

伊藤元気さんと会場を回りながら、コロナ前に交わした約束を思い出していた。「アメリカの家庭に、日本酒が当たり前に入り込む世界を作りたい」。あのとき夢物語に聞こえた言葉が、いまは目の前の光景として成立している。
次は、また別の大陸だ。日本酒が「当たり前」になる場所を、世界のどこまで増やせるか。探される側でいられる土地を、もう少し増やしていきたい。